ネタバレあり感想・考察『はちどり』:理不尽で不思議な世界。この物語は、きっとあなたに寄り添ってくれる

ヒューマン映画 映画レビュー

こんにちは、Masashiです。

今回は、2018年に公開された韓国映画『はちどり』:原題『벌새』についてお話しします。

日本でも2020年6月に公開され、当時緊急事態宣言等で上映数が限られていたこともあり、なかなか見ることができなかった作品です。

世界各国の映画祭で50賞以上受賞し、韓国で最も権威ある映画賞とされる青龍映画賞(청룡영화상)で最優秀脚本賞を受賞。
アカデミー賞受賞の『パラサイト』(ポン・ジュノ監督)を抑えての受賞でした。

本作が長編映画デビュー作であった新鋭、キム・ボラ監督は女性です。

韓国が急速な経済発展を続ける1994年、人間関係や自身の存在に苦悩する女子中学生の日々を淡々と映し出す作品ですが、キム・ボラ監督自身の体験をベースにしているとのこと。

こちらは公式の予告動画なのですが…2分弱でこんなにも引き込まれる予告編があったでしょうか?
どの映画も見どころを予告に集約するので魅力的に思えがちなんですが、この終始アンニュイなムード、特に秀逸です。

ウニの物憂げな表情に引き込まれ、映画と分かっていても不安を駆り立てられ、いてもたってもいられなくなって鑑賞したのを覚えています。

嫌と言うほど、誰しもが経験するであろうこの世の中の不条理

しかしそれでも、「この世界が気になった」という主人公ウニ。

この世界で何を感じ、何を学び、前を向いて進んでいくのでしょうか。

私が非常に感銘を受けた映画『はちどり』について感じたことをお伝えしていきます。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含むレビュー・考察記事ですので、
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

最後までご覧いただければ幸いです。

もくじ

映画『はちどり』

あらすじ

韓国が急速に経済発展を進める1994年。14歳のウニは、集合団地に住む中学生。

両親は多忙でウニのことまで気にかける余裕はなく、兄は受験勉強のストレスをウニへの暴力で発散する。

学校では周囲に馴染めないものの、他校の親友や彼氏と遊んで日々を過ごしていたが、家庭と同じように交友関係もままならなくなる。

日々孤独を募らせる中、ウニが通う漢文塾に女性教師のヨンジがやってくる。

ヨンジは寄り添うようにウニの悩みを包み込み、ウニも徐々に心の内を吐露していく。

これまで世間の不条理に不満を募らせていたウニは、ようやく出会えた心を開ける大人のヨンジに憧れを抱くのだが…。

キャスト

  • キム・ウニ役:パク・ジフ
  • キム・ヨンジ役:キム・セビョク
  • ウニの父:チョン・インギ
  • ウニの母:イ・スンヨン
  • チェ・ジスク役:パク・ソユン

主演女優パク・ジフは2003年生まれ。

透明感があるんですが、本作の主人公が内面に秘める「いびつさ」を見事に表現しています。

比較的セリフが少なめな役柄なんですが、アンニュイな表情で見事演じています。

今後の活躍が非常に楽しみな女優さんですね…!!

(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

『はちどり』レビュー・考察

ここからは作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察ですので、作品を未鑑賞の方はお気をつけください。また、以下はあくまで個人的な考察です。ご自身の解釈と異なる場合はご容赦ください。

「少女の日常」から「韓国社会の閉塞感」を描く

本作は、集合団地に住む1人の少女にスポットを当て、淡々と日常をつづる物語です。

一見すると非常にスケールの小さい話にも思えます。

1994年当時の韓国は、国家として急速な経済成長、民主化・国際化の最中であると同時に、国民たちも成長することを迫られていた時代でした。

作中でも、ウニの父親は「ソウル大学に行け」が口癖になっている。

また、ウニの担任も、生徒に「ソウル大学に行くぞ」と復唱させ、有名大学に行って大企業に入ることが正義の学歴至上主義社会を描いています。

国は発展していっているはずなのに、なぜか国中に生き辛さや閉塞感を感じる。

本作は、少女の日常から、そんな当時の韓国社会の様相を丹念に描いている作品です。

男性陣にも背景を与えている

韓国映画って、ヒール役はとことんヒール役で描かれがちなんですが…本作は必ずしもそうではありません。

序盤では、特に男性陣の父と兄はこれでもかというほど高圧的で最低な存在として描かれます。

ウニが万引きをしたことを知っても、警察に突き出してくれと突き放す父。
しかし、ウニの耳の下にしこりがあると知ったときには遠くの病院まで付き添ってくれ、手術が必要と知ったときは涙を流すほどの愛情を持ち合わせています。

受験勉強のストレスを日常的にウニにぶつける兄。
しかし姉が事故に巻き込まれず無事であったことを知って泣き出す優しさも持ち合わせています。

そんな彼らも、「家父長制」という社会が生み出したシステムに苦悩し、葛藤していたのではないかと。

男性陣も、与えられた社会における役割を全うするために虚勢をはって生きていますが、内面は同様に脆く、弱いものであると。

ある意味、当時の韓国社会の閉塞感の犠牲者と言えるかもしれません。

この閉塞感は、今の社会でも同様に感じている人は少なくないと思います。日本でも、韓国でも、あるいはその他の国でもです。

社会にどこか生きづらさを感じる…この映画をご覧になれば、登場人物の誰かに感情移入してしまうのではと思います。

陳腐化しない構成

本作は2時間18分と、やや長めの作品です。

それも少女の日常を淡々と描くため、一歩間違えると散漫で冗長な映画とも取られかねないのです。

しかし陳腐化したり、中だるみすることはなく絶妙なバランスで物語は進んでいきます。

というのも、それぞれの理不尽なエピソードが、どこか自分が経験したことのあるようなエピソードなんですよね。

「思春期の友人関係って、簡単なことでこじれちゃったりするんだよな…」とか。

「周囲の大人って、なんでこんなに考えを押し付けてくるんだろう…」とか。

ただ反面、大人である我々観客だからこそ分かる描写もされています。

どこか自分ごとに思えて、多感な思春期を回想したり、大人である今だからこそ持てる感情であったりとか。

日常を美化せず、生々しく正面から描くことで、様々な感情を想起させる素晴らしい構成になっています。

世界は不思議で美しい

男性優位な社会、理不尽な大人達、昨日まで順調だったのに急にこじれる交友関係。

ウニはこの世界に嫌気が差し、周囲の大人に理解者もおらず、自身の存在意義すら見出せずにいました。
 

(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

そんな中、ヨンジ先生という心を開ける大人に初めて出会います。

ヨンジ先生は、有名大学の学生でありながら、休学中です。

どこか物憂げな表情で、ウニとは異なる段階での不条理に直面していたのかもしれません。

それでもヨンジ先生は、「世界は不思議で美しい」と言い、ウニはそんなこの世界が気になり始めます。

(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

初めて出会った理解者である大人、ヨンジ先生という身近で心を開いた存在を失ってしまう。

この上ない不条理である悲劇を、誰かの介入で乗り越えるのではなく、ウニは自分自身で乗り越える。

自分自身で乗り越えることでウニの心に光が灯り、一歩踏み出すことができました。

崩落した橋を見つめて涙を流すウニの表情は、この世界で生きていく覚悟ができたようにも見て取れます。

ラストシーン、ウニの表情が印象的。同級生を見つめる内面は、序盤のものとは明らかに異なります。

(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

ヨンジ先生は「自分を好きになるのには時間がかかる」と言っていました。

ヨンジ先生の喪失という経験を通して、皮肉にも、ウニは自分という存在を肯定することができたのではないでしょうか。
  

おわりに

いかがだったでしょうか。

この映画は、決してあなたを全面的に応援してくれるような映画ではありません。

しかし、落ち込んでいる時、悩んでいる時にあなたに寄り添ってくれる、包み込んでくれるような映画です。

この世の中を否定することもなく、貶すことなく「あなた」という存在を肯定してくれる本作、オススメですのでぜひご覧ください。

キム・ボラ監督はこれからの韓国映画界を牽引する存在になることは間違いないでしょう。
期待の女性監督が増えている韓国映画界、今後も要チェックです!!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。
今後も様々な映画紹介・レビューをしていきますので良かったらまたご覧ください。