『KCIA 南山の部長たち』感想: 大統領暗殺事件にみる“権力の暴走”

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こんにちは。Masashiです。

映画『KCIA 南山の部長たち』(原題:남산의 부장들)の感想記事です。

1979年、18年間も大統領を務めていたパク・チョンヒが側近に暗殺された実際の事件がモデルの本作。

2020年に韓国公開、2021年に日本公開された本作。第93回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表作に選出されています。

ただ、本作の題材“パク・チョンヒ暗殺事件”が日本で浸透しておらず、物語にピンと来ない方も多いと思います。

そんな方のために、本記事では作品情報・感想と共に、物語の歴史的・政治的背景も解説します。

史実自体ネタバレですが、作品の核心的なネタバレはしません。

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もくじ

映画『KCIA 南山の部長たち』

まずは作品の基礎情報から。

作品情報

あらすじ

1979年、韓国大統領直属の諜報機関・KCIA。そのトップである部長、キム・ギュピョンパク大統領を暗殺した。

暗殺の40日前、KCIAの元部長・パク・ヨンガクが“パク大統領の不正”をアメリカ議会で告発。

世界に恥を晒されたパク大統領は、キム部長含む側近達に騒動の収束を命じる。

国内外の動乱に対処する中で、キム部長は次第に大統領の方針と異なる考えを強めていく。

キャスト

  • キム・ギュピョン(KCIA部長):イ・ビョンホン
  • パク大統領:イ・ソンミン
  • パク・ヨンガク(元KCIA部長):クァク・ドウォン
  • クァク・サンチョン(大統領警護室長):イ・ヒジュン
  • デボラ・シム(ロビイスト):キム・ソジン
  • チョン・トヒョク:ソ・ヒョヌ

監督

ウ・ミンホ監督です。ゴリゴリの社会派作品の監督ですね。

過去作に『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)、『麻薬王』(2017年)があります。

3作品全て見ましたが、終始緊迫感が途切れることない構成ですよね。ハラハラしますが見応えMAX。

これより作品の感想です。

『KCIA 南山の部長たち』感想

とにかく2時間があっという間。

まして、『大統領暗殺』という結末を知りながらここまで手に汗握るとは思いませんでした。

俳優陣の演技力と脚本力が本当に秀逸で…。
映像も音楽も抑えられており、事件当時の張り詰める“緊張感”が画面を通してヒリヒリするほど伝わってきました。

韓国国内なら誰もが知っている“パク・チョンヒ大統領暗殺事件”。

ただ、歴史的背景を知らなくともシンプルな政治モノ映画として楽しめると思います。

“権力の暴走”は身近に潜む

パク・チョンヒ=韓国経済発展の父という漠然としたイメージを持っている方も多いと思います。

確かにパク・チョンヒ政権下で、当時貧しかった韓国は『漢江の奇跡』と言われるほどの経済発展を遂げました。

ただ、本作においてパク・チョンヒ大統領は、「暴走する独裁者」という描かれ方をしています。

(C)2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

本作の諸悪の根源は、国家の全権力が大統領に集中することで起こる“権力の暴走”です。

これって国家に限った話ではなく、我々民間レベルでも起こりうることではないでしょうか。企業などの組織においてもありふれた話です。

例えばある企業の部長に部署の権限が集中している場合。

自分の側近をイエスマンばかりで固めてやりたい放題。

「逆らったら今後の会社生活に大きく響く…」という部下の心理につけ込みます。

部下達は部長の横暴ぶりに逆らえず、不満を募らせていく。

さすがにそんな企業は時代とともに減っていると信じたいんですがね。

やはり国家でも企業でも、組織の上に立つものはある程度の人間性が求められると思うんですが、人間性でトップに立つケースって少ないですもんね…。

通常は、実力・実績が評価されてトップに立つわけですから。

現実にパク・チョンヒのようにクーデターを起こしてトップに立つのは企業ではあり得ません。

しかしドラマ『半沢直樹』のように策略や根回しで上を失脚させ、代わりに自らが上に立つという“隠れクーデター”は実際にもあり得る話ではないでしょうか。

国家でも企業でも、人間が作る組織においては大なり小なり“権力の暴走”というのは切っても切れない関係なのかもしれませんね。

韓国の近現代史だからと言って対岸の火事ではないと思いました。

いつでも自分の周囲に、このようなしがらみはありふれていると感じました。

人間の本質は昔も今も、日本も外国もそう変わらない気がします。

本作の『みどころ』

みどころ①
「実際の歴史」だという事実

キム部長のモデルであるキム・ジェギュ(金載圭)の実際の映像と肉声が劇中で流れた際に、「あぁ、これは本当に起こった事件なんだ」ということを思い出します。

その上、日本の“本能寺の変”のような戦国時代ではなく、わずか40年前という近現代韓国における出来事。

まるで戦国時代のような謀反を、近代韓国で実際に発生したというその事実自体が実感の湧かない話ですよね。平和ボケということでしょうか。

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この出来事で韓国は軍事政権を脱して民主化するのかと思いきや…。

再び軍事クーデターにより政権掌握され、より強固な軍事政権が始まります。

大韓民国としての完全な“民主化”は1987年であり、本作の時点からまだ8年後という事実。

韓国で長く続いた負の軍事政権の一部分を垣間見ることができる作品です。

みどころ②
なぜ側近であるキム部長は大統領を暗殺するに至ったのか?

元々、日本で同じ部隊に所属していたパク大統領とキム部長。劇中、酒を酌み交わしながら当時を懐かしむ描写もありました。

ともに国のために前政権をクーデターで掌握。革命を起こした、いわば“同士”である二人。

なぜ側近であるキム部長は大統領を暗殺するに至ったのか?

目まぐるしい人間関係の応酬に心を惹きつけられること間違いなしです。

そんな終始緊迫した政治物語を、キャスト陣の名演が支えます。

本作でイ・ビョンホンという俳優の真髄を見ました。キム部長が殺意に至るまでの心境の変化を、セリフ以上に顔面で表現。

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そしてパク大統領を演じるイ・ソンミンが醸し出す不気味さ。何を言い出すか分からない表情をしてます。
ドラマ『ミセン』での部下想いの“オ課長”と同一人物とは到底思えません。

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そして本作のために25キロの増量で役作りに挑んだイ・ヒジュンは、大統領側近の警護室長を演じます。
大統領に上手く媚びる狡猾さと、不穏分子には敵意をむき出しにする無骨さを見事表現しています。

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>>イ・ヒジュンが出演する映画『海にかかる霧』考察記事はこちら

キャスト陣の演技力に裏打ちされた良質な政治作品を、ぜひお楽しみください。

時代背景解説

物語の題材である1979年の『朴正熙大統領暗殺事件』の前後の歴史をご説明します。

1953年、約3年続いた朝鮮戦争が“停戦”という形で一旦終結します。
戦前から大韓民国初代大統領であったイ・スンマン(李承晩)が1960年に失脚。翌年1961年、パク・チョンヒ(朴正熙)は軍事クーデターを起こして大統領となります。
劇中でキム部長が言っていた「我々が起こした革命」とは、この軍事クーデターのことです。

そして18年間という長きにわたり大統領を務めましたが、1979年に本作のように暗殺されます。

この暗殺事件の捜査指揮を取ったのが、チョン・ドゥファン(全斗煥)です。劇中でクァク警護室長に可愛がられてた彼のモデルです。

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パク・チョンヒ暗殺事件のすぐ後、このチョン・ドゥファンが再び軍事クーデターを起こし軍事政権が続くことになります。

そして、民主化を求める国民との衝突は激化していきます。

チョン・ドゥファン政権は、武力でデモを鎮圧して多くの死者が出ました。
これが1980年の“光州事件”です。

このやりたい放題が国外にバレないよう、メディアへの言論統制を行なっていました。

しかしドイツからの特派員・ユルゲン・ヒンツペーター氏のスクープ映像によって全世界に知られることとなりました。

ヒンツペーター氏と光州に向かったタクシー運転手の方の物語は、映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』で描かれています。

その後すぐには民主化とはなりませんでしたが、1987年の“民主化宣言”を持って完全に民主化されました。

朝鮮戦争後の韓国近現代史は激動の歴史です。

その意味で、民主化後すぐの韓国で開催された1988年ソウルオリンピックは、歴史上大きな意味を持つ出来事と言えます。

おわりに

いかがだったでしょうか。

韓国近現代史の映画は本当に名作揃いです。ぜひ本作をご覧ください。

今後も様々な映画紹介・レビューをしていきます。
最後までご覧いただきありがとうございました。