『タクシー運転手 約束は海を越えて』感想:民主化運動の裏で闘った知られざる人々

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こんにちは。Masashiです。

今回は映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(原題:택시운전사)の感想記事です。

2017年に韓国公開、翌2018年に日本公開されました。

第90回アカデミー賞の韓国代表作品でもあり、国内外の様々な映画賞を受賞。
また韓国国内で1200万人を動員した大ヒット作です。

本記事はややネタバレを含む感想ですので、未視聴の方はご注意ください。
結末など、核心のネタバレはありません。

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もくじ

映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』

まずは作品情報から。

作品情報

あらすじ

1980年、軍事政権下の韓国。

全国的に民主化を求めるデモが多発していた頃、特に“光州(クヮンジュ)”という地域のデモが活発化していた。

その情報を入手したドイツ人記者ピーターは光州に現地取材を試みる。

ソウルのタクシー運転手マンソプは、高額な運賃を期待しピーターを乗せて光州に向かう。

2人は光州の大規模なデモと、軍部の武力鎮圧による驚愕の惨状を目にする。

本作は1980年に起こった“光州事件”を題材にし、マンソプとピーターも実在の人物をモデルにしています。

キャスト

  • マンソプ役:ソン・ガンホ
  • ピーター役:トーマス・クレッチマン
  • テスル役:ユ・ヘジン
  • ジェシク役:リュ・ジュンヨル

監督

高地戦』(2011年)などで知られるチャン・フン監督

それではこれより感想です。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』感想

この事件が実話という衝撃

本作は約40年前の“光州事件”を題材にしています。

韓国政府が公式に認めた事件の死者は兵士や警官を含めて約160人、行方不明者は70人以上。だが、実際はこの3倍もの人々が犠牲になったと言われている。

出典:AFPBB News2020年5月18日記事

多くの市民が亡くなり、『韓国現代史上最悪の悲劇』と言われています。

本作で“市民達の平凡な日常”が描かれているのですが…非常に胸が苦しくなります。

軍が市民達を武力で抑えつけているのに、当時の韓国では「光州で市民が暴徒化している」という報道がなされていました。

なぜ劇中のような無実の人々が傷つけられなければいけないのか。

一歩間違えば闇に葬られそうになったこの“悪夢”を世界に発信したピーターと、それをサポートしたマンソプ。

このモデルになった実在する2人を心から尊敬します。

日本に暮らしていると、あまり知る機会のない事件です。

このような出来事がわずか40年前にあったという事実…。

事件の悲惨さを世界に知らしめた彼らと、それを親しみやすい映画にした監督の功績は大きいと思います。

韓国の民主化運動を題材にした作品は『1987、ある闘いの真実』(2017年)、『弁護人』(2013年)などがありますが、このような負の歴史をエンタメ化する韓国映画の力量には毎度驚かされます

まして“光州事件”なんて約40年しか経ってないのにです…。

ソン・ガンホが表現した“マンソプの心の葛藤”

お調子者のタクシー運転手マンソプ。

彼はひょんなことから光州での惨状を目にすることになるのですが、現地の人々の暖かさに触れるうちに見て見ぬふりができなくなります。

一人娘の父親として、「無事に帰宅することが自分の使命だ」という考えと、「光州の人達とピーターを放って置けない」という気持ちのはざまで揺れるマンソプ。

マンソプを演じるソン・ガンホの演技がその葛藤をうまく表現しています。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

元々、マンソプはあんまり性格の良くないキャラクターとして描かれてるんですよね。

そもそもピーターを乗せたのは他のタクシー運転手の仕事を横取りしたからだし、光州の現況を知って一刻も早く逃げ出そうとするし…。

それでも、娘を愛する良いパパの一面もあり…ある意味人間味あふれるキャラクターじゃないでしょうか。

そんな利己的な彼の心境が、どのような変化を遂げるのか見どころです。

人は生まれながらにして勇気ある決断をできるものではなく、色んな人との出会いと経験を通して勇敢になっていくのだなと感じました。

本作はそんなマンソプの心の変化を追った作品です。

脇を固めるユ・へジン&リュ・ジュンヨルの布陣

主人公を演じるソン・ガンホとトーマス・クレッチマンは言うまでもなく名優です。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

ただ、一応脇役になりますユ・へジン&リュ・ジュンヨルが絶妙のキャスティング。

ユ・へジンはこちら。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

リュ・ジュンヨルはこちら。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

演技力は言うまでもないですが、その“一般人”感が抜きん出てます。
言い方は悪いですが、本作は“小市民”が団結して独裁政権に一矢報いるための闘いを描く作品。

だからこそ彼らのルックスが活きてきます。

事件の渦中にいたのは、どこにでもいる市民だったんだと。

韓国の民主化の過程は、ファンタジーのような『作られた物語』ではない。

国民が地道に一歩一歩闘い抜いた末に勝ち取ったものであると感じることができました。

ポスタービジュアルが秀逸

日本版のポスタービジュアルがすごく明るいんですよね。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

タイトルも相まって、最初はハートフルコメディかなと思った記憶があります。

ただよく見ると下部にデモ鎮圧軍の図があり、ソン・ガンホ達の明るい笑顔との対比で光州事件の凄惨さを引き立てています。

ちなみに韓国版はこちら。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

1980年5月。光州へ向かったタクシー運転手」というキャッチフレーズのみです。
これはこれで無機質さを強調し、彼らが巻き込まれる無慈悲な事件を予兆しているように思います。

どちらも心掴まれる秀逸なポスタービジュアルだなと感じます。

時代背景解説

最後に、物語の題材である1980年の“光州事件”の前後の歴史をご説明します。

1979年に“朴正熙大統領暗殺事件”が起こり、軍事独裁政権が終わるかと思われた韓国に民主化ムードが広がります。
>>“朴正熙大統領暗殺事件”を描いた映画『KCIA 南山の部長たち』の記事はこちら

いわゆる“ソウルの春”と言われる時期ですが、その後すぐに全斗煥(チョン・ドゥファン)が軍事クーデターを起こし政権を掌握。

さらに軍事独裁を強めていくのでした。

そうなると、前政権から発生していた民主化を求めるデモは加熱

特に本作の舞台になった光州で一層の盛り上がりを見せており、軍部は武力で鎮圧することで見せしめにしました。
これが多数の死者・負傷者が出た“光州事件”です。

(C) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

この事件は本作ピーターのモデルになったドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターによって世界に知れ渡りました。
その後1987年の“6月民主化抗争”によって全斗煥政権は力を失っていきます。
“6月民主化抗争”までの道のりを描いた『1987、ある闘いの真実』紹介記事はこちら。
>>【キャスト・感想】『1987、ある闘いの真実』:民主化を勝ち取った国民の“勇気の物語”

その後、1987年の“民主化宣言”により、韓国の民主化が実現されました。

長きに渡った国民達の戦いに終止符が打たれました。

おわりに

いかがだったでしょうか。

韓国に民主主義を運んだ2人の男の物語、ぜひご覧ください。
シリアスなシーンもありますが、見て損はないですよ!

今後も様々な映画紹介・レビューをしていきます。
最後までご覧いただきありがとうございました。