映画『トガニ 幼き瞳の告発』モデルになった事件の真相は?
2011年に韓国で公開された映画『トガニ 幼き瞳の告発』。
実際の性的暴行事件(トガニ事件)を基に再構成された物語です。
本記事をYouTube動画にしましたので、ぜひどうぞ。
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ご覧になった方は、あまりの酷い内容に胸が苦しくなったのではないでしょうか。
本記事では、“トガニ事件”について明らかになっている真相を、関係者の証言などを基に解説していきます。
最後に映画と実際の事件の違いについても言及します。
(ただし本事件は“性的暴行”というデリケートなものであり、被害者への配慮のために明らかにされていない部分が多いです)
※以下の『もくじ』から好きなところへ移動できます。
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もくじ
“トガニ事件”の真相
まずは、映画の題材になった“トガニ事件”のあらましから。
光州市のろうあ者向け教育施設“仁和(インファ)学校”で、複数の教職員達が生徒に対し数年間に渡り性的暴行を加えていたというもの。
2005年に学校関係者による内部告発によりテレビで報道されて世間に知られることに。
しかし容疑者達は一部不起訴になったり軽すぎる量刑であったりと、到底納得できるものではありませんでした。
そして、このことを知った女性小説家コン・ジヨンによって事件を題材にした小説“トガニ”が出版されます。
2011年にコン・ユとチョン・ユミ主演で同名映画が公開されたことで再び世論が加熱。
事件の再調査が行われ加害者達が再び起訴され、のちに性的暴行に関する法改正までなされました。
“トガニ”の意味
“トガニ”という言葉は日本語で“るつぼ”を意味します。
“るつぼ”とは、金属などを溶かすための高温用容器のこと。
転じて、物事に熱狂する様や、さまざまな物質や人々が入り混じる状態を表します。
ここでいう“トガニ(るつぼ)”とは、
卑劣な大人達の性欲や汚職、隠蔽という醜悪さが入り混じる地獄のような環境と、そこから自分たちでは抜け出せない子供達の状況を意味しているのではないかと思います。
ここからは、関係者の証言を基により事件のあらましを細かく見ていきましょう。
事件の真相を内部告発した先生
この地獄のような事態を世間に知らしめたのは、学校に勤務していた教師チョン・ウンソプ(전응섭)先生。
出典:YouTubeチャンネルEBS Clipbank:2020/03/03『도가니사건, 그때』より
劇中でコン・ユが演じた美術教師カン・イノは、このチョン先生をモデルにしています。
出典:NAVER영화
1997年に仁和学校に赴任したチョン先生。行政室へ配属されました。
チョン先生はインタビューで当時を振り返っています。(参考:JTBCニュース2015年12月31日記事より)
被害学生から相談を受けたチョン先生は、まず保健の先生に伝えましたが相手にされず。
さらに“学生部長”にあたる教師にも伝えましたが、その教師もまた隠蔽。
そして、時間が立ってから「なぜ対処しないのか」と抗議すると、逆にチョン先生に対して「騒ぎ立てるな、大ごとにするな」と言われたそう。
あまりに常識はずれの反応にチョン先生は怒り心頭。
まして、この仁和学校は国民の税金で運営される(その上、障がい者支援の名目で国から特別な補助金も貰っている)公的機関でした。
障がいのある生徒を保護する役割の教師陣が、揃いも揃ってこんな人間ばかりであるのは許されることではない…と感じたそうです。
「このままにしてはいけない」という想いで、チョン先生は外部に告発することを決心したそう。
もちろん、そうすることで被る不利益も頭をよぎり、少し葛藤はしたそうですが選択の余地は無かったそう。
なぜなら、チョン先生自身も耳が不自由で、「同じ立場の生徒達を、何が何でも助けなければいけない」という想いがあったから。
そして2005年6月22日、チョン先生は“障がい者性暴力相談所”に内部告発をします。
性暴力事件が報道される
出典:NAVER영화
チョン先生の告発を受け、2005年11月1日にMBCの番組『PD手帳』が放送されます。
『隠された真実、特殊学校での性暴力事件を告発』というセンセーショナルなタイトルは国民の関心を集めましたが、それは一過性のものでした。
加害者逮捕
2005年11月17日、行政室長ともう1人の教師が性的暴行の疑いで逮捕されます。
2006年、国家人権委員会はこの事件に対する調査を実施。
その結果、加害者は生徒達に2000年から2005年まで常習的に性的暴行を加えていたこと、そして加害者は校長と行政室長を含めて6人、被害者は7歳〜22歳の計9人であることが明らかになりました。
被害生徒の中には知的障がいも伴う生徒もおり、被害をうまく相談できず事態の発覚まで時間がかかってしまいました。
後の裁判で加害者側は生徒の知的障がいによる“証言の曖昧さ”を突いて減刑を狙います…。
判決
加害者6人の判決は以下の通り。(うち2人は不起訴)
- 校長・キム氏:懲役2年6ヶ月、執行猶予3年(のちにガンで死亡)
- 行政室長・キム氏(校長の弟):懲役1年(実刑)
- 保健教師・パク氏:懲役10ヶ月、執行猶予2年
- 保健教師・イ氏:懲役2年6ヶ月の(実刑)
- 教師・チョン氏:示談成立で不起訴
- 行政室職員・キム氏:証拠不十分で不起訴
いずれも被害者の親族と示談を成立させたりと、減刑に成功したと言えるでしょう。
しかし犯行の残忍さに見合わない量刑は、到底被害者が納得できるものではありませんでした。
この判決を受け、市民が構成する対策委員会は区庁前で座り込みデモを行ったり、仁和学校の学生たちも登校拒否をして不服の意思を表示するも何も変わりませんでした。
その後、仁和学校は加害者達を何事もなかったかのように復職させ、逆に内部告発したチョン先生含む4人を懲戒処分を下すなど、腐敗しきった対応を見せます。
映画での加害者の人数や判決内容は異なりますが、劇中で描かれているのはここまででしたね。
校長のキム氏は2006年に膵臓ガンで死亡しました。執行猶予付きだったので、罪を一切償うこともせずにです。
2011年映画公開により再調査
加害者のうち2人は実刑であったものの、それ以外は釈放されて復職までして事態は収束したかに思われました。
しかし、2011年に事態は急展開。
女性小説家コン・ジヨンがこの事件を知り、加害者が何食わぬ顔で日常を送っていると言う事実に憤慨。
事件を描いた小説“トガニ”を出版。
そして2011年9月にはコン・ユとチョン・ユミが主演を務めた同名映画が公開され、韓国で460万人以上の観客を動員。
国民の関心が集まり、警察庁が特殊捜査チームを組織して事件の再調査を行うこととなります。
再調査後の判決
2007年時点での裁判では、行政室長のキム氏は懲役1年の実刑判決。一部の起訴内容は「被害生徒の証言に信憑性がない」として不起訴となっていました。
しかし、2011年の警察の再調査の結果、検察は当時不起訴になった事案でキム氏を起訴。
第1審では懲役7年の求刑に対し、懲役12年の判決。
「障害者を教育し保護すべき位置にあるキム氏が、自らの地位を利用して生徒に性的暴行を犯した点で非常に悪質」という判決理由でした。
キム氏はのちに最高裁まで争い、GPS付きの電子足輪の装着10年、性犯罪者身上公開10年、懲役8年の判決を受け、当該事件にまつわる裁判は決着を迎えます。
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韓国では裁判所により再犯の可能性があると認められた性犯罪者や殺人犯の足首にGPS付きの電子足輪を装着する制度があります。
また、性犯罪者の住所や顔写真を一定期間公開する制度もあり、「犯罪歴のある人達の社会復帰を妨げる」「人権侵害だ」との声もあり、これらの制度の是非については様々な議論がなされています。
担当弁護士による事件回想
こちらの動画で話しているチン・ヒョンへ(진형혜)弁護士。
実は、再調査後の裁判を実際に担当した弁護士さんです。
動画内で当時のことを語っているのですが、要点まとめると以下の通りです。
なぜソウルの弁護士が光州の事件を担当したのか?
このチン・ヒョンへ弁護士はソウルの弁護士さんです。
なぜ光州の裁判を担当することになったかというと、被害者側の「汚職に染まってない弁護士をつけたい」という意向によるものでした。
地元の弁護士だと金で買収されていた場合、適切な弁護をしてくれない可能性がありますから。
そもそもこのトガニ事件自体が、学校と警察などの機関との癒着によって隠蔽されていた可能性が高いものですので…。
再調査する際の光州警察署長は女性だった
世論の後押しを受け、再捜査することになった光州警察署。
当時の所長が女性の方であり、被害者心情を適切に理解してくれてたからか、弁護士への資料開示なども協力的であったと言います。
手話にも方言があり、証言が難航した
“言葉”は地域によって方言があるように、“手話”も地域によって異なることを、本件で初めて知ったそう。
かなりクセのある手話だったため、裁判での証言に時間がかかって難航したようです。
この弁護士先生はこのように振り返っていました。
「幼く、障がいがある人達に対して、韓国社会がいかに野蛮で、いかに暴力的であったか。
そして、そのことに対して我々国民の大部分が無関心であったと痛感したし、自身に対しても反省をした。
韓国社会は“障がいのある方”に対して無関心で置き去りしてきたが、このトガニ事件の“前”と“後”で社会そのものが変わった。」
そしてチン弁護士の“弁護士人生”においても、トガニ事件に関われたこと自体が大きな財産になったようです。
「弁護士としての使命を再認識した出来事である」とも語っています。
トガニ事件のその後
加害者達は十分と言えない処罰を受け、トガニ事件は終わりを迎えました。
その後、事件に関わった人々や社会は、その後どのようになっていったのでしょうか。
被害生徒
この事件で最もフォーカスされなければいけないのは、被害を受けた生徒達です。
卑劣な大人達に囲まれて逃げ出すこともできなかった子供たちが、今は少しでも幸せに過ごしてくれていたらと、我々は無責任にも願うことしかできません。
卒業生が仁和学校を訪問するという動画がありました。
この方、トガニ事件発生時に在学していました。
そして非常に仲が良い友達が被害に遭ったといいます。
動画のラスト、10分48秒から被害学生について触れています。
「被害学生は(事件から)今までどのように暮らしてきたのでしょうか。
依然として(心理的な)治療を受けている人達もいますし、もう心を開いて社会活動を行なっている人もいます。
その他は卒業以降連絡が取れません。
どのように暮らしているかよくわかりません。
おそらく今も心理的な治療を受けているのだと思います。」
仁和学校の廃校
このような事件が起こり、生徒数も300名から約30名に激減した仁和学校。
負のイメージを払拭するために2011年には「ソヨン学校」に校名変更を画策するも認可されず。
そして学校存続のために聴覚障がい者だけではなく知的障がい者も受け入れるために定款変更を申請するも認可されず。
そして光州市は運営会社の社会福祉法人としての登録を取り消し、仁和学校は2012年に廃校となりました。
実は当該事件以外にも、1980年代には認可を受ける前に偽の卒業証書を発行していたことも明らかになりました。(参考:ハンギョレ2011年10月5日記事)
昔からこの学校は不正の温床であったということですね。
告発したチョン・ウンソプ先生復職
内部告発者として学校を解雇されたチョン・ウンソプ先生。
その後、無事に復職できたそうです。
しかし、前述の通り2012年に学校は廃校に。
先程の動画を見るに、現在もろう者の方を支援する活動をされているようですね。
本当に困っている人に寄り添える方で、こういう人が損する社会というのはあってはならないと思います…。
法改正
2011年、韓国の国会では児童や障がい者を対象とした暴力犯罪を厳罰化と、公訴時効も廃止される内容の「性暴力犯罪の処罰等に関する特例法」改正案が通過しました。
これがいわゆる“トガニ法”と呼ばれるものです。
元々韓国において、性犯罪は“親告罪※”でした。
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※“親告罪”とは
被害者の告訴がなければ裁くことができない罪。性犯罪など、公に知られると被害者が不利益を被る場合などは“親告罪”となるようです。
(参考:弁護士を探すなら「刑事事件弁護士ナビ」より)
当時、性的暴行は被害者が直接告訴しなければ処罰できない“親告罪”だったということですね。つまり被害者が告訴を取り下げると加害者を処罰できなかったわけです。
実はキム校長第1審で懲役5年の判決だったのですが、控訴審で執行猶予がつきました。
控訴審前に被害生徒の親に告訴を取り下げさせたことで、校長は実刑を避けることができたのです。
加害者が被害者を圧迫したり、被害者の親を金銭で買収したりと、“親告罪の特性”を悪用するケースが多かったようです。
しかし、このトガニ事件をきっかけに親告罪廃止に対する激論が巻き起こります。
結果として、韓国では2011年から障害者に対する性犯罪は親告罪ではなくなり、2013年からは全ての性犯罪にそれが適用されました。
そして、性犯罪の“公訴時効※”も廃止されました。
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※公訴時効とは
犯罪が行われても一定期間経過すると犯人を処罰できなくなるもの。
(参考:弁護士を探すなら「刑事事件弁護士ナビ」より)
トガニ事件において、再調査後に加害者達を裁こうにも既に公訴時効を迎えていたため軽い処罰しかできなかったという背景があり、性犯罪の“公訴時効”が廃止されたということですね。
1本の映画が世論を巻き込み、結果として法律を変えるという偉大な功績を挙げました。
映画と実際の事件の違いは?
ここまで事件の詳細をお伝えましたが、最後に「映画はどこまでが実話なのか?」という疑問にお答えします。
チョン先生の動画に出てきたキム・ヨンモク(김용목)さんの記事で、映画のモデルについて言及されていました。(参考:レディーキョンヒャン2011年9月27日記事)
映画の登場人物は、それぞれ実在する人物をベースにしているとのこと。
コン・ユが演じた教師カン・イノは、前述した通りチョン先生をモデルにしています。
出典:NAVER영화
そしてチョン・ユミが演じた人権運動センター幹事ソ・ユジンも、当時の市民団体所属の実在する人物がモデル。
出典:NAVER영화
そして実際には9人の生徒が受けた被害を、映画では3人に投影して描いていたようです。
出典:NAVER영화
キムさん曰く、「登場人物と状況は違いがあるが、すべて実際的な事件に基づいている」とのことです。
ただし、ミンスの弟のように自ら命を絶ったり、ミンスのように加害者に対して復讐を果たした生徒がいたかどうかまでは言及していません。
出典:NAVER영화
この映画自体、被害生徒の苦しみを世間に訴えかけるために作られたものですので、その意味でやや脚色を加えている可能性はあります。
おわりに
いかがだったでしょうか。
我々は被害に遭われた方々の苦しみや痛みを推し量ることしかできませんが、同じような事件がこれ以上起きないことを切に願います。
本作のような実話ベースの映画をこちらの記事にまとめています。
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関連記事
≫ 実話がモデルの韓国映画まとめ
最後までご覧いただきありがとうございました。
■その他参考記事
・朝鮮日報2009年8月22日記事
・ハンギョレ2007年10月1日記事
・中央日報2012年7月6日記事