実話映画『幼い依頼人』のモデルになった事件と、その後の韓国社会の変化

映画レビュー

こんにちは。Masashiです。

今回は、映画『幼い依頼人』(2019年)について。

WATCHAなどで配信され、日本での知名度も高くなっている本作。

韓国で実際に起こった児童虐待事件をモデルにした、“実話ベースの物語”という点が衝撃だったのではないでしょうか。

小さな子どもが義理の母親からの暴力を受けるという、目を覆いたくなるような描写があり…とても心が苦しくなる作品です。

しかし本作が韓国社会に大きな一石を投じ、“児童虐待”に関する法改正に大きな影響を与えたことは間違いありません。

本記事の内容は以下の通り。

  • 映画のモデルになった事件の説明
  • 犯人への判決
  • 生き残れた被害者の現在
  • 事件を受けての法改正

そのため映画自体のネタバレにもなりますのでご注意ください。

※以下の『もくじ』から好きなところへ移動できます。

もくじ

実話映画『幼い依頼人』のモデル

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“漆谷継母児童虐待死亡事件”

2013年8月、韓国・慶尚北道で8歳の女の子が内臓破裂で亡くなる事件が発生。

警察は、被害者の継母(父親の再婚相手)と、12歳の(以下、Aさん)による家庭内暴力と見て捜査。

しかし裁判の過程で、Aさんが「私がやった、継母は悪くない」と証言。

ところがその後に証言を覆し、実際の犯行は継母によるものであることと、継母から偽りの証言を強要されたことを明らかにしました。

これにより継母には傷害致死罪が適用され、懲役20年の求刑

その虐待を放置していたとして、Aさんの父親にも懲役7年の求刑(後に分かりましたが父親も時折暴力を振るっていました)。

そしてAさんの供述によって明らかになった虐待の内容は、想像を絶するものでした。

Aさんの証言による“虐待の実態”

主に継母の虐待は以下の通り。

  • 浴槽の水に頭を突っ込み気絶させる
  • 青唐辛子を10本食べさせる
  • 洗濯機の中に入れられ回す
  • ロープで縛って階段から突き落とす
  • 熱湯をかけられ火傷させる
  • 「お仕置きだ」として食事抜き

実は、この夫婦にはもう1人娘がいましたが、その子だけが継母の実の子であったため虐待の対象ではなかったそうです。

継母からすると“夫の連れ子”にあたる2人を虐待していたわけですね。

  • 長女・Aさん(当時12歳):父親の連れ子→被虐待
  • 次女(当時10歳):継母の子→虐待されず
  • 三女(当時8歳):父親の連れ子→被虐待の末に死亡

この次女は、虐待されている2人を見て気の毒に思ってこっそりご飯を食べさせてあげることもありました。

これは映画の中では描かれていない部分でしたね。

警察と児童保護機関もこの家庭内の虐待を知りながらも、積極的な対応をすることはありませんでした。

Aさん自身が学校に助けを求めたり、交番に行きましたが特に何をしてくれるわけでもなく。

結局、諦めた」と語っています。

この事件がドキュメンタリー番組『それが知りたい』で放送され、世間に知られます。

その衝撃的な内容に激震が走りました。

犯人への判決

Aさんは裁判所に「継母を死刑にしてほしい」と記した手紙を送っています。

その心の痛みは言い表せないほどでしょう。

しかし継母には懲役15年、父親には懲役4年の判決。

前述の求刑と比較すると、
継母:求刑20年→懲役15年。
父親:求刑7年→懲役4年。

父親は2018年に刑期を終えて出所しています。

生き残れた被害者Aさんの現在

事件後、Aさんは叔母に引き取られました。

現在は成人しているAさんですが、叔母曰く「今でも継母に似た人を見かけたり、似た状況に遭遇すると息ができなくなる」とのこと。

そして2018年に父親が出所し、「叔母の家に住みたい」と言い出したよう…。

この連絡がAさんの耳にも入ってしまい、とても怯えてしまったそうです。

また叔母曰く、「加害者が出所した後も、被害者は大変な思いをしている。それなのに被害者を守るシステムが全く構築されていない」と憤りを露わにしています。

当然、叔母はAさんと父親を隔離(叔母がまともな方で本当に良かったです)。

しかし、Aさんは虐待以前以後で大きく変わってしまいました。

元々勉強がよくできる子であったにもかかわらず、叔母の言葉が理解できない時があるそう。

幼少期の虐待は、精神的ショックから脳の発達に影響を与えることが分かっています。(参考:体罰や言葉での虐待が脳の発達に与える影響)

それでも少しずつ、叔母を含む周囲の人たちに支えられながら立ち直ろうとしています。

SMグループという財閥がAさんを金銭的に援助しています。大学卒業まで援助を継続する予定だそう。

2021年時点で、Aさんはアートセラピー(美術心理治療)を勉強中。

中学2年生の頃に周囲の勧めで絵を描き始め、それが生きる糧になったといいます。

自分と同じような辛い経験をした子ども達の力になりたい」という将来の夢があるそう。

高校生の時に個展を開いたことがニュースになっていました。

オール韓国語ですが、彼女の絵をご覧いただけます。

本当に辛い経験を我々は推し量ることしかできませんが…Aさんのこれからの幸せを祈っています。

【その後】事件を受けての法改正

この悲劇とも言える事件は、行政による適切な処置がなされていれば防げたかもしれません。

映画でも描かれていましたが、近隣住民は「虐待かも」と早い段階で知っていました。

そして担任の教師も不自然な痣を見つけて児童センターに通報をしていました。

にも関わらず警察や児童センターは保護者に注意する程度。救える命も救えないですよね…。

本来なら加害者である親から児童を隔離する必要がありましたが、当時の“児童福祉法”は『親の同意なしには児童の隔離保護ができない』という不完全なものでした。

この不完全な法律に世論は不満爆発。全国各地でデモが起こりました。

2014年、これらの流れを受けて国会で“児童虐待犯罪の処罰に関する特例法”が制定。

もともとあった“児童福祉法”の不完全な部分を補う意味で制定されましたが、主な内容は『虐待児童を隔離保護できる権限』に関してです。

現場に出動した警察と児童保護機関の職員は以下の権限を持てるようになりました。

  1. 被害児童を、虐待家庭から隔離先へ保護
  2. 加害者へ、被害児童の隔離先や学校等から100メートル以内の接近禁止命令
  3. 加害者へ、被害児童への電話・メール等の連絡禁止命令

もし加害者がこれに従わない場合、5年以下の懲役または1,500万ウォン以下の罰金です。

“漆谷継母児童虐待死亡事件”を受けて、このような法改正がなされました。

後手後手な対応かもしれませんが、これで少しでも被害者が救えることになれば、と願うばかりです。

同様の悲しい事件で、韓国でろう学校での教師による性犯罪事件を受けて“トガニ法”が制定されたことも有名な話です。

事件のあらまし・トガニ法についてはこちらの記事をどうぞ。

韓国における“児童虐待”

最後に韓国における“児童虐待”を取り巻く社会環境を日本と比較しつつ見ていきます。

両国どちらも児童虐待は社会問題となっています。

日韓の虐待対応件数

以下の表は(一財)自治体国際化協会『日韓比較から見る児童虐待対策の現況と課題-虐待予防のネットワーク構築に向けて-』第1章,第1節,[3],表1からの引用です。

■日韓の児童虐待対応件数の推移(2014~2019 年度)

2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年
日本 73,802 88,931 103,286 122,575 133,778 193,780
韓国 10,027 11,715 18,700 22,367 24,604 30,045

また、人口10万人あたりの件数は以下の通り。

2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年
日本 58 70 81 97 106 154
韓国 20 23 37 44 48 58

人口対比で見ても、韓国は日本と比べて対応件数が少ないことが分かります。

    ※この表はあくまで対応した件数であり、発生件数の実数ではありません。
    児童虐待は主に家庭で発生するため、外部から発見しにくい性質を持ちます。
    そのため正確な実数は知ることができず、『対応した件数』=『発見できた件数が増加』という見方が正しいかもしれません。

『韓国は日本より発生件数がそもそも少ない』とは考えにくく、『韓国は日本と比べて発見できていない虐待が多くある』ということではないでしょうか。

韓国における虐待発見数の少なさの原因は以下のように指摘されています。

  • 児童虐待対応機関設置数の不足
  • そこに配置されている相談員の人員不足
  • 児童虐待対応機関は民間業者に委託が可能

前述のように“児童虐待犯罪の処罰に関する特例法”の制定などが進められているにも関わらず、まだ抜本的な対策とは言えません。

しかし、年々『対応件数』が増加し、“虐待発見率”が向上していることは間違いないでしょう。

そして、ICT先進国としての技術を使って改善も試みています。

各家庭の税金の滞納率、子どもの長期欠席など様々なデータを基に『高リスク家庭』を抽出。
その情報を受けた各自治体が家庭訪問を実施し、表面化していない児童虐待の発見を目指します。

まだ運用開始されて間もないですが、今後の虐待発見率の向上に繋がることが期待されています。

おわりに

いかがだったでしょうか。

日本や韓国、また他の国においてもですが、社会におけるセーフティネットが適切に構築されて悲しい事件が少しでも減ることを願います。

また、当ブログでは他にも実話ベースの映画を紹介した記事を紹介しています。

ぜひご覧ください。

最後までご覧いただきありがとうございました。

■参考記事
東亜日報2014年4月7日記事『계모는 病死처리 시도… 친아빠는 죽어가는 딸 동영상 찍어』
ハンギョレ2014年4月8日記事『‘칠곡 계모’, 의붓딸들 학대할 때 친딸은…』
JTBCニュース2019年6月6日記事『그림으로 이겨낸 ‘상처’…칠곡 아동학대 피해자 첫 미술전』
JTBCニュース2019年11月4日記事『’칠곡 아동학대’ 피해소녀, 우오현 SM그룹 회장에 감사 편지』
JTBCニュース2021年5月27日記事『[단독] 특례법 낳은 ‘칠곡 계모사건’, 살아남은 언니의 8년은…』
법률방송뉴스2019年9月24日記事『영화 ‘어린 의뢰인’ 속 법 이야기 〈3〉아동복지법·아동학대범죄 처벌 특례법의 주요 내용』