映画『8番目の男』モデルになった実際の事件は? 【実話との共通点など】

映画レビュー

こんにちは。Masashiです。

今回は映画『8番目の男』(2019年)について。

韓国で2008年に初めて導入された“国民参与裁判制度”を基にしている作品ですが、実際の事件はどのような内容だったのでしょうか?

本記事は以下の内容で解説します。

  • 実際の事件
  • 映画と実話の共通点
  • 韓国の“国民参与裁判”が抱える課題
  • 日本の“裁判員制度”との比較

※以下の『もくじ』から好きなところへ移動できます。

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もくじ

『8番目の男』のモデルになった実話事件

結論から言うと、映画は実際の事件からかなり脚色されています。

映画のモデルになった事件は第1回目の陪審員裁判ではなく、第60回目の裁判でした。
(ちなみに第1回目は大邱で開かれた強盗致傷の裁判です)

この裁判は『殺人罪が無罪になった初めての国民参与裁判』でして、この部分が映画のモチーフになっています。

内容を解説します。

事件概要

母親(50代)を殺害したとされる男性(20代)が被告人。

被告人は「睡眠薬をくれ」という母親と言い争った後に刃物で母親の手を切りつけた“傷害罪”と、自宅に火をつけて焼死させた“殺人罪”で起訴されました。

しかし被告人の主張は「日頃からアルコールと薬物中毒だった母親が睡眠薬を飲もうとするのを止めようと代わりに飲んで眠ってしまった。刃物を振り回しても火をつけてもいない」というもの。

国民参与裁判で被告人が起訴内容を全面的に否認したのは本件が初めて。

9名の陪審員+3名の裁判官による審理が行われました。

裁判では警察・消防・周辺住民など、14名の証言が。

検察と弁護側の応酬が続き、2008年の国民参与裁判で最も長時間を要した裁判となりました。

陪審員たちの結論

出典:NAVER영화

陪審員による3時間半の話し合いの末、傷害罪には“有罪”、殺人罪には“無罪”の結論。

理由は以下の通り。
「被害者(母親)が死亡した原因は火災によるものだが、『その原因は被告人である』と主張する検察側が提出した証拠は他の可能性(被害者による放火、タバコでの失火、漏電など)を排除できない。
ただし、被告人は被害者(母親)と争い、刃物で切りつけたことは現場の状況、各証言によって認められる。」

傷害罪には陪審員9人中6人が“有罪”、殺人罪には9人中6人が“無罪”の意見。多数決で結論は決まります。

しかしここで陪審員が出した結論は『あくまで判決の参考』です。

判決に対して何の権限も持ちません。
(後で言及しますが、ここが日本の“裁判員制度”と異なる部分です)

これらを踏まえ、裁判官との意見交換がなされました。

裁判官の判決

裁判官が出した判決は『懲役3年』。

被告人の傷害罪は認められてこれで懲役3年。一方、殺人罪については“無罪”。

陪審員の意見通りの判決となりました。

そして閉廷後、裁判長のコメントは以下の通り。
「陪審員の方々が被害者と同じ50代の女性が多く、審理において助けていただいた。
特に被害者の心理を陪審員の方々を通して推論することができた。」

その後検察は控訴するも棄却され、判決が確定されました。

『8番目の男』と実話の共通点

出典:NAVER영화

このように、実話をベースにした映画ですが、大きく脚色を加えている作品です。

映画と実話の共通点は以下の通り。

  • 起訴内容が『息子が母親を殺害した容疑』である
  • 裁判において陪審員の意見が通り、殺人罪は無罪

逆に、映画と実話で違う部分はこちら。

映画 実話
導入から 第1回目 第60回目
陪審員の人数 8人 9人
凶器(推定) ハンマー 刃物
死因 ハンマーによる殴打 火災による焼死
判決 無罪 懲役3年
(殺人は無罪)

こうして比べると割と違いますね。

韓国における“国民参与裁判制度”と、抱える課題

2008年に導入され、現在も継続して行われている“国民参与裁判制度”。

そもそも導入の意図は「裁判に対する国民の不信をなくし、公正な裁判を目指す」というもの。

それまでは財閥のトップや政治家には甘すぎる判決を出す一方で、貧しい人には厳格な判決を出すケースが多く見られ、「韓国の司法は腐敗している」と国民の不満の的でした。

そのために国民を無作為に抽出し、殺人や放火などの重大犯罪の刑事裁判に陪審員として参加させて世論を反映させるようにしました。

しかし、導入以前・以後で明確な効果があるとは言い難いのが事実。
いくつかの指摘内容を挙げます。

課題①陪審員の影響力が弱い

前述したように、一通りの裁判に参加して陪審員が出す結論はあくまで『裁判官が決める判決の参考』です。
判決に対して法的な権限を持ちません。

これが国民の参加意欲低下に繋がると言われています。

確かに言われてみればそうかもしれません。
仕事を休んで時間を割いて裁判に参加し、難しい内容についてメンバーと意見交換し、長時間話し合って結論を出しても、結局は裁判官が判決を決める。

これでは裁判を他人事に思う人が出てきても不思議ではありません。

もし日本の“裁判員制度”のように、自分の意見が判決に直に反映されるのであれば、より責任を持って裁判に取り組むのではないか、という指摘があります。

課題②被告人自身が選択できる

“国民参与裁判制度”は重大犯罪の裁判に限られますが、制度を活用するかどうかは被告人が選択できます。
陪審員を参加させるかどうか、自分に有利になる方を選べるということです。

というのも陪審員はあくまでイチ国民で裁判のプロではないため、感情的に量刑を決めてしまう傾向にあると言います。

例えば「被害者が(自分の母と似ていて)可哀想だから被告人の量刑は重くすべき」だったり、逆に「被告人が犯行に至った背景が(自分の境遇と重なり)気の毒なので減刑すべきだ」といった風に。

本来、裁く立場の人間は私情を排除して証拠を基に量刑を精査すべきですが、そこに“国民感情”というエッセンスを加えることもこの制度の目的です。

そしてこの『陪審員は感情に流されやすい』という原理を利用し、被告人は「自分の場合は陪審員がいた方が有利かどうか」を検討し、選択するのです。

“性犯罪”の裁判では無罪率が高い

このニュースで『国民参与裁判において、性犯罪の裁判は他の事件と比べて無罪率が高い』ということが指摘されています。※動画は全て韓国語

理由は主に2つ。

  • 性暴行は“物的証拠”が無く“被害者の証言”だけになることが多いが、被害者が法廷に立って証言することは精神的に困難である
  • 陪審員の固定観念や考え方で、被告人側に肩入れしてしまう

あってはならない考え方ですが陪審員が「被害者も合意の上だったんだろう」という思い込みがあれば被告人は無罪に近づきますよね。

そのため、性暴力での裁判は『国民参与裁判において、性犯罪の裁判は他の事件と比べて無罪率が高い』ということです。

そしてこれを被告人がこれを知り、無罪を勝ち取るために国民参与裁判を選択するケースが増えているようです。

2019年の国民参与裁判は合計630件で、そのうち171件(27%)が性暴力の案件が占めます。

そして、2008年〜2017年までの性暴力裁判について。
裁判官による通常裁判は無罪率2.4%に対し、国民参与裁判は無罪率18%

陪審員が入ると圧倒的に無罪率が高まることが分かります。

これに対し「性犯罪者による制度の悪用だ」との声もありますが、被告人にとって冤罪を防ぐための制度でもあるのでどうしようもありません。。。

実際に罪を犯しておいて無罪になるために国民参与裁判を選択する場合は、悪用と言われても仕方ないと多いますが…。

課題③費用が高額

もし陪審員を参加させる場合、裁判に詳しくない人でも理解できるように進める必要があり、そのための事務的な準備が格段に増えます。

それは裁判費用が跳ね上がることを意味し、もし裁判に負ければその高額な費用を被告人が負担せねばなりません。

裁判に勝てればいいんですが…負けた時の金銭的リスクが大きいため、「結局この制度はお金持ちだけが選べるオプションじゃないか」という批判が出ています。

データから見ると

以下の表は2008年〜2016年のデータです。(参照:聯合ニュース2017年9月26日記事『“배심원 못 믿어”…국민참여재판 항소 많지만 ‘뒤집기’ 적어』より)

通常裁判 国民参与裁判
被告人の控訴率 52.8% 60.5%
検察の控訴率 28.8% 47.9%
第二審での判決変更率 32.2% 25%

この表から見ると、控訴率(判決に納得いかず第二審を行う申請率)に関しては被告人も検察も、通常裁判<国民参与裁判です。

これは「国民感情に流された判決だ!納得いかないから控訴してやる!」というケースが多いことを表している気がします。
(第一審が国民参与裁判であっても、控訴されると第二審は国民は参与しません)

しかし、控訴した場合第二審で判決が変わる率は通常裁判が32.2%に対し、国民参与裁判は25%

これは『国民参与裁判を控訴しても、通常裁判で控訴する場合より判決が変わりにくい』ことを意味します。

もっというと、『国民の意見を踏まえて出した判決は、第二審でも概ね妥当だと判断される傾向にある』ということです。

裁判官が国民の意見を聞き入れた上で判決を決めるので、ある程度整合性の取れた判決に近づいているのでしょうか。

このデータだけではそこまでの判断はできませんが…。

これらのように、国民参与裁判は諸々の課題を抱えつつ、その是非について議論がなされています。

日本の“裁判員裁判”との比較

日本においても同様の“裁判員制度”が2009年から導入されています。

■日韓の制度比較

日本(裁判員制度) 韓国(国民参与裁判制度)
参加者の呼び名 裁判員 陪審員
参加する国民数 6名 5,7,9名
(罪状によって変わる)
裁判官 3名 3名
対象事件 重大犯罪 重大犯罪
被告人の選択可否 不可 可能
検討範囲 有罪か無罪か、
有罪の場合の量刑
有罪か無罪か、
有罪の場合の量刑
国民影響力 裁判員も判決を決める権限を持つ
(多数決制)
陪審員は意見を伝えるのみ
判決を決めるのは裁判官

これを見ると、主な違いは2つですね。

  • 被告人の(裁判に国民を参加させるかどうか)選択可否
  • 国民影響力(判決を決定する権限を持つかどうか)

被告人の選択可否

裁判に国民を参加させるかどうか。日本は被告人に選ぶ権利はなく、韓国は選ぶ権利があります。

前述の通り、韓国は被告人が選べてしまうが故に、「もし被告人が負けたら追加料金払ってもらいますよ」というシステム。

反対に日本は被告人の意思なく決められ、当然追加分の費用負担などはありませんし、その点では公平なのかもしれません。

国民影響力

日本の裁判員裁判では、裁判員(国民)6名+裁判官(プロ)3名の合計9名で話し合います。
有罪or無罪、そして有罪の場合の量刑。
9名の意見が一致しない場合、多数決で決められます。

そのため、裁判員であってもその1票が判決にダイレクトに影響を与えると言えます。
(詳しいルールは埼玉地方検察庁『裁判員制度について』(外部サイト)が分かりやすいです)

このメリットとしては『裁判員の持つ影響力が大きいため、責任を持って裁判に臨むようになる』などがありますが、反対にデメリットは『被告人の人生を決める行為が、裁判員にとって大きな心理的負担になる』などが挙げられます。

一方で韓国は、陪審員達の中で出した意見を裁判員が受け取り、それを考慮した上で判決を決定します。
そのため、メリットとしては『陪審員達の心理的負担は日本と比べて軽い』などがありますが、デメリットとして『陪審員にとって裁判が他人事になる』などが挙げられます。

日韓それぞれ似通っていますが明確な違いがあり、メリットデメリットがあります。

おわりに

いかがだったでしょうか。

映画内でも言及されていましたが、韓国の国民参与裁判における無罪率は通常裁判より3倍以上。

冤罪が少しでも減り、償うべき人が適切に罰を受ける、あるべき姿の司法に近づくことを願います。

また、当ブログでは他にも実話ベースの映画を紹介した記事を紹介しています。

ぜひご覧ください!

最後までご覧いただきありがとうございました。

■その他参考記事
・아주경제2019年4月6日記事『[판례로 보는 세상] 국민참여재판 배제결정, 더 신중해야
・朝鮮日報2013年10月30日記事『政治에 휘둘리는 국민참여재판
・파이낸셜뉴스2019年7月7日記事『사법개혁의 승리 ‘국민참여재판’의 부끄러운 성적표 12년째 ‘1%’
・愛知弁護士会『国民の司法参加 韓国の制度と日本の制度