実話ベースの映画『シルミド』:重要な部分が脚色されている問題

クライム(犯罪) 映画レビュー

今回は映画『シルミド』(2004年)について。

シルミドという島に集められた死刑囚達が、北朝鮮の暗殺作成にむけて地獄の訓練を積むという物語。

本作は実話がベースとのことで、この壮絶な物語がどこまで実話なのか気になって韓国のニュース記事を基に調べてみました。

本記事の内容は以下の通り。

  • 映画のモデルになった実話の解説
  • 映画と実話で異なる部分
  • 「脚色しすぎた映画」との批判

※以下の『もくじ』から好きなところへ移動できます。

スポンサーリンク

もくじ

映画『シルミド』のモデルになった実話

出典:NAVER영화

まずはモデルになった事件の流れを整理します。

1968年1月21日:韓国大統領府近くに北朝鮮ゲリラが襲撃

1968年1月21日、北朝鮮の武装ゲリラ31人が韓国ソウルに侵攻。
大統領府近くで29人を射殺、1人は取り逃し、1人を拘束しました。

拘束された男の「大統領、朴正煕(パク・チョンヒ)を暗殺しにきた」という供述はテレビで生中継され、韓国全土に衝撃を与えました。

これに対し朴正煕大統領は、
「北朝鮮の傀儡集団に警告する。我慢というものにも限界がある」と発言。

そして、武装ゲリラを送り込んできた当時の北朝鮮・金日成(キム・イルソン)国家主席に報復措置を検討しました。

1968年4月:金日成暗殺のための“684部隊”創設

韓国直属の諜報機関・安全企画部は全国の若者を勧誘し、31名をシルミド(実尾島)に連れてきます。

勧誘時の条件は以下の通り。

  • 特殊訓練を受ける代わりに、月16万ウォン支給(当時の公務員は月給1万ウォン)
  • 期間は短くて3ヶ月、長くて6ヶ月

そして上記に加え、訓練ののち“任務”を完遂すれば…

  • 住宅と高額な報酬金
  • 軍の幹部候補生としての待遇

という成功報酬も約束。

しかし、任務の内容は「国家機密だ」として勧誘時には知らされませんでした。

そして、勧誘されたのは映画とは違い、みな貧しくも懸命に働く青年たち。
みんな、家族の生活を楽にするために参加したといいます。

    なぜ軍人ではなく一般人を雇ったのか?
    プロの軍人に遂行させるべき内容ですが、軍人による北朝鮮への攻撃は“休戦協定違反”になるため行われませんでした。
    もしそんなことをすれば、再び北朝鮮vs韓国の全面戦争が始まりますよね。
    そこで、一般人を雇って暗殺させれば「一国民が勝手にやったこと、国は何も指示してないよ」とシラを切れるわけです。

シルミドでの地獄の訓練開始

出典:NAVER영화

このようにして集められた31人の青年達。
この31人というのは、韓国に襲撃してきた武装ゲリラと同じ人数です。
まさに目には目を、歯には歯をという報復作戦。

金日成暗殺計画は“アナグマ作戦”と命名され、地獄の訓練が始まります。

なんせ集められた隊員達は素人集団でしたから、そこから暗殺集団に育成するために地獄の訓練が始まります。

走っている隊員達の後ろから上官が銃を撃ち、少しでも遅れたら死ぬ、というような訓練もありました。

2キロ先の沖まで泳いで往復する訓練の際、隊員が限界を迎えますが上官は救助せず溺死してしまいます。

このような文字通り命懸けの訓練に耐えかね、脱走する隊員も出てきます。

しかし彼らは別の隊員らに捕らえられ、まるで人民裁判のごとく非難され、殴り殺されることもありました。

このような地獄の中で、当初31人のうち7人が死亡し、隊員は24人まで減りました。

そして、いよいよ“アナグマ作戦”決行の日を迎えます。

1969年:作戦の中止命令

出典:NAVER영화

しかし、決行日に突然作戦中止命令を受けます。

南北関係はそれまでの緊張状態をやや脱し、このような状況でアメリカに無断で作戦を実行すれば国際社会から非難を避けられなかったからです。
「一国民がやったことですから」という論理も、流石に無理があると気づいたようです。

そこから2年間何も進展がなく、訓練だけの日々が続きます。

当初は栄養のあった食事も次第に貧相になり、また月給も支払われないようになりました。

684部隊の士気は下がりに下がります。

1971年8月23日:684部隊の反乱

出典:NAVER영화

1971年8月23日、684部隊の24人がシルミドを脱して朴正煕の元に向かいます。
目的は、「我々の無念を大統領に思い知らせる」というもの。

脱出時に教官を12人を射殺。それに加えて6人が溺死、合計18人が死亡しました。

684部隊側も1人が死亡し、23人でシルミドから船に乗って仁川へ向かいます。

そしてバスを乗っ取り、ソウルに向かう途中に警察と軍に包囲され、手榴弾で集団自決をします。

ただ、そのうち4人が生き残りました。

反乱のその後

軍は「北朝鮮からの武装ゲリラであった」と公式発表。

生き残った4人は軍による裁判にかけられます。

彼らは陳述で軍への不満が噴出させるかと思いきや、「国家機密なので話せない」として黙秘を貫きました。

実は、軍関係者が4人に圧力をかけていたことが分かりました。
「どうせこのままだと全員死刑だ。シルミドのことを隠してくれれば、ベトナムに亡命させてやる」という条件を持ちかけられていたのでした。

これを受け入れ、裁判で黙秘を貫いた4人の判決は全員死刑。

結局最後まで軍に利用され、翌年の3月に死刑が執行されました。

これで、当初集められた684部隊の31人は全員死亡し、真実を語れる人物はいなくなりました。
シルミドにいた教官は6人生き残りましたが、684部隊の実情は知らされていませんでした。

その後、韓国は民主化が達成され、軍事政権下の様々な蛮行が明るみに出ます。

シルミドでの684部隊の存在も、1993年に初めて国民に知られます。

684部隊の隊員達は突如家族の前から失踪した者が多く、家族はまさかそんな部隊に入っているとは知りもしなかったわけです。

そして、国による真相究明が行われ、隊員や教官達の遺骨を発掘する活動が進められました。

しかし、現在でも軍によって死刑になった4人の遺骨は見つかっていません。

韓国国防部は、公式Twitterで現場目撃者など情報提供者を呼びかけています。

2017年8月23日には、シルミドの被害者を弔う合同葬儀が行われました。

映画『シルミド』と実話で異なる3点

出典:NAVER영화

映画と実話で異なる部分は主に3点です。

①隊員に死刑囚はいなかった

出典:NAVER영화

劇中では、684部隊を構成する隊員は死刑囚ばかりで、死刑を回避する条件として参加したと描かれています。

しかし、中には前科のあった人もいましたが死刑囚は存在せず、多くは真面目に働く青年達だったと遺族からの証言が多数あります。

高額な月給や、任務成功時の追加報酬を目的に参加しましたが、まさかそこまで地獄の訓練を強いられるとは思いもよらなかったと思います。

②反乱の原因

劇中では、軍が684部隊を抹殺するように上層部から指令を受け、それを聞いた隊員が反乱を起こす…という内容でした。
しかし、そのような抹殺命令はありませんでした。

実際は、アナグマ作戦中止以降終わりの見えない地獄の訓練生活に不満を持ち、反乱を起こしたものという見解が一般的です。
(隊員の生存者がいないので全て推論にはなりますが…)

確かに、どんな辛い環境でもある程度『いつまで』という終わりが決まっていることが多いですが684部隊にはそれが全く不透明でした。

その上、島から逃げようとしたら殺される…とわかっていたら、反乱を起こすしか選択肢がなかったのかもしれません。

ちなみに、軍の上層部は「1971年10月に解体命令を出す予定だった」と発言しています。

反乱が起きる頃は大統領選挙の真っ只中で、そこまで手が回らなかったそうですが…684部隊を軽視しすぎでは…と思います。

③作戦中止命令のタイミング

劇中ではボートを漕いで北朝鮮に向かう最中に引き返すように中止命令が下されましたが、実際は出発前に終始命令を受けています。

また、海路ではなく空路(ヘリコプター)で侵入する予定でした。

【ちなみに】“シルミド”は無人島ではなかった

これはあまり本筋と関係ありませんが、シルミドは無人島ではなく4人家族が住んでいました。

ただ、その家庭の男児が隊員と交流時に銃が暴発して亡くなる事故が発生し、一家は引っ越してしまいました。

「実話を脚色しすぎた映画」との批判

出典:NAVER영화

さて、ここまで映画と実話の異なる点を挙げましたが、かなり重要な部分が脚色されています。

特に『隊員達は皆死刑囚だった』という設定は、事件の遺族から大きな批判を集めました。

遺族からすると、「家族のために部隊に参加した優しい青年が、映画で死刑囚として描かれるなんてあんまりだ」という心情。

これは確かにその通りですね…映画を面白くするために、ある程度の脚色は必要だとは思いますが…。

いくら時が経ったからと言っても、事件には被害者が存在していたことを忘れてはいけません。

私も調べるまでは映画の設定が全て実話だと思っておりましたし…個人的に遺族の方々に申し訳なく思います。

おわりに

いかがだったでしょうか。

様々な論争があるのは事実ですが…韓国で初めて観客動員数が1,000万人を越した作品だけあって内容は非常に見応えがあります。
Huluで配信中ですので、未視聴の方はこちらからどうぞ。
≫ Huluで見る(2週間無料)

また、当ブログでは他にも実話ベースの映画を紹介した記事を紹介しています。

ぜひご覧ください!

最後までご覧いただきありがとうございました。

■参考記事
・NAVER NEWS2020年9月19日記事『[실미도 50년]기관총탄이 발뒤꿈치 박혔다, 지옥문이 열렸다
・東亜日報2004年2月10日記事『“살아남은 훈련병 직접 만났다” 주장하는 ‘실미도’ 원작자 백동호
・NAVER NEWS2004年2月23日記事『실미도 사형수 4명 명단 첫 공개(종합)
・韓国日報2004年1月12日記事『[이준희의 세상속으로]실미도 당시 소대장 김이태씨
・YouTube 그것이 알고싶다 공식계정2021年3月18日『“우리 애들 무장공비 아닙니다” 영화와는 달랐던 실미도 사건의 진실 | 그알로 보는 ‘실미도 사건’